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Remember 3.11

3.11。


僕は休みをとって妻と伊豆に旅行にいく途中だった。小田原のインターチェンジでご飯を食べようとしたときに震災にあったのだ。立つことも出来ないくらいの大きな揺れははじめてだった。


もちろんその後、交通網は麻痺。伊豆に向かう高速は津波対策のため通行禁止。伊豆につくまでに7時間以上運転したのを覚えている。ただ、そのときは少し大きな地震ということでそこまで危機感はなかった。


宿についてテレビをつけた瞬間だった。津波の映像が繰り返し、繰り返し流されている。それで、ああ、これは凄いことになっている、とはじめて気がついた。急いで会社に連絡し、同僚や友人たちが無事なことを確かめる。交通網も麻痺して帰ることが出来ない部下もいるから一緒に会社に泊まるんだ、東京も凄いことになってるよと何人かから連絡が来る。ニュースが怖くてテレビを消したのはこの日がはじめてかもしれない。


影響はその日だけで終わらなかった。ちょうどそのとき、テンションの高めな新規サービスを4月にリリースすべく動いていたのだが、日本全体あるいは僕らの周りはそんなハッピーなものを受け入れることの出来る雰囲気ではない、ということでリリースを延期。結局、そのプロジェクトはなくなってしまった。会社でやりたいことがなくなってしまった僕はそこで退職を決意する。


この流れで何を感じたかは正直、あまり整理を出来ていない。整理すると「美化された記憶」にななってしまいそうに思っている。ただただ、悶々とあのひとつの出来事がここまで多くの人にとって、もちろん自分にとっても、ひとつの岐路になったことを受け入れながら、3.11を思い返すのだ。



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